元宇宙と殷の湯王

「元宇宙(ユエンイュージョン)」とは、今話題になっている「メタバース」の中国語訳です。メタバースとはインターネット上の仮想区間のことで、「メタ」という英語は「〇〇を超えた」という意味に使われるので、「元宇宙」という訳語は誤訳のような気もしますが、すでにこれで定着してしまっているそうです。

このメタバースで急成長が見込まれ、先ごろ香港市場に上場したのが、「商汤(シャンタン)」という企業です。「商汤」とは「殷の湯王」のことです。殷は実在が確認されている中で中国で2番目に古い王朝で、湯王は前の王朝の夏王朝を滅ぼして天下を取った、建国の王様です。中国では殷のことを「商」と呼びます。余談ですが「商人」という言葉はこの「商」から由来しています。つまり「商汤」という社名からは「新しい世界を作るぞ」という気迫がひしひしと感じられます。またこの社名がついた理由には、創業者が汤晓鸥(タン シャオオウ)という名前だからでもあります。中国の起業家は、会社に自分の名前をつけるのが本当に好きです。 汤晓鸥 は遼寧省の出身で、マサチューセッツ工科大学で人工知能や海底ロボットの研究をして、現在は香港中文大学の副学長も務めています。

商汤は昨年12月30日に香港市場でIPOをしましたが、20億ドルの調達を目標としたところ、7億ドルしか集まりませんでした。低調の理由は、中国政府の規制によって、アリババ、テンセントをはじめとする中国IT企業株が不調なことと、 商汤 の子会社が新疆ウイグル自治区の人権問題に関与しているとして、上場の一日前にアメリカ政府のブラックリストに載ったためだと言われています。

中国でAIが最も実用に使われているのが、顔認証(人脸识别 レンリェンシービエ)です。個人認証の手段としてタイムカードの代わりに使われたり便利な反面、政府に反抗的な人間を特定することに使われ、他国から人権侵害と批判されています。 商汤の顔認証の技術が少数民族の弾圧に利用されているとして、アメリカ政府からブラック企業の烙印を押されたということです。

それでも今年の1月4日には公開初日の2倍の株価をつけ、期待の高さをうかがわせました。ただ、直近の株価を見ると、また元の水準に下がっているようです。株価が不調な理由は、 商汤が売上は毎年順調に増やしているものの、経常利益はまだ赤字を続けているからでもあります。まだまだ研究開発や設備投資に多額の資金が必要なため、仕方がないのかも知れません。中国企業の技術力は、アメリカの地位を脅かすほどに向上していますが、中国政府の規制が経済にも大きく影響をあたえている一例だと思います。